雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

2021年の省察と、2022年の指針

2021年が終わった。今、生きてこうして記事が書けている私は、とても運が良い。世界中に新型コロナウイルスが蔓延する状況下、罹患して死んでいた可能性は十分にあった。少なくとも、この一年間で親しい人の訃報がなかったことは、僥倖と言ってよい。生きているということ、それはそれ自体が奇跡的なことなのだ。

 

さりとて、なかなか大変な一年間だった。コロナ禍は何度も波が押し寄せてくる。人々は「山」のときには息を潜めて引きこもり、わずかな「谷」の時期にだけ動くことを許される。いつから、世界はこんなに動きにくいものになってしまったのだろう。生活も、交友関係も、仕事も、娯楽も、コロナ様の機嫌を伺ってばかりだったな。

 

大変なことばかり思い出しつつ、一方で、非常時だからこそ日常について少し突き放した視点で眺めることができたのは良かったかもしれない。「普通」や「当然」が崩壊して目の前に現れた、当たり前など何も存在しない、全てが「偶然」と「奇跡」によって紡がれた世界の在り様は、とても神々しいものだった。様々な苦楽を含めて、自分が家族とささやかな思い出を積み重ねてきたこの一年間を、肯定的に受け止めたいと今は思う。

 

コロナ以外で振り返ると、スプラトゥーン2にハマり、徒然草を読み、時折サウナで心身を解放し、子どもと囲碁で対決し、何度か「小旅行」に出かけて、あとは日々、大谷選手の活躍を楽しみにしていた一年間だろうか。

 

ただ、残念ながら年は確実に取っている。腰痛に苦しむのは毎年のことだが、老眼や息切れなど、確実に老化は進んでいると感じる。身体だけでなく、頭も心も弱くなっているし。好奇心や興味を抱く力が低下していることを実感する。ワクワクする気持ちを失い、様々な事物に対してどうでも良いと投げやりになってしまう(自分が無気力なのは昔からだが、それが悪化している)。自分が、若者のように放っておいても成長する年齢はとっくに過ぎており、心身ともにメンテナンスしないと弱体化する一方であるという事実を受け止めて対応しなくてはならない。

 

続いて昨年読んだ本から上位5点。徒然草関係(「すらすら読める徒然草」、「徒然草を読む」)、センゴクシリーズ(「センゴク」、「センゴク天正記」、「センゴク一統記」、「センゴク権兵衛」)、「カササギ殺人事件」、「ゴールデンカムイ」、「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」。去年はとにかく徒然草に感銘を受けた一年だった*1。無常(死)がすぐ近くまで迫っていることを意識して、束の間の今を生きるということ。兼好の時代から700年経とうが、人間の本質は何も変わらない。

 

次に鑑賞した映画(テレビドラマ含む)から上位3点。「青天を衝け」、「サ道2021」、「岸辺露伴は動かない(1~6)」。去年の大河ドラマは、最初から最後まで完璧だった。「サ道」も、また不定期で良いので続編を作ってほしい。

 

次に去年購入して良かったもの上位3点。「電気ケトル」、「自動車」、「ソファ」。振り返ると、かなり散財した一年であった。ちなみに去年の投資行動は「凪」。なぜ世界の株価が上がるのか理解できず、バブルはいつかはじけるとだけ信じて、手を出さなかったのだ(相変わらず、センスがない)。

 

さて、今年はどんな一年になるだろう。そもそも、無事に生きて新年を迎えられるだろうか。いつ死んでも仕方ない、と覚悟を決めつつ、それでも絶望せずに毎日を楽しんでいきたい。老化する自分を受け入れた上で、心身を鍛える。そういう習慣を作っていきたい。

 

今年こそ、飛行機で旅行に出かけたい。FIREはまだ無理か。あとは何だろう。腰痛対策、睡眠負債を貯めないこと、歯磨きを丁寧に、そしてスプラトゥーン3の発売が楽しみだ。

 

*1:といっても、恥ずかしいことに原文を通して読んではいないのだが