久しぶりに再読したら、前回とはまた違った感想を抱いた。名作は、何度も読む価値がある。本作は、登山の魅力と怖さを描いた作品でありつつ、同時に山に人生を賭けた人間を深く描き切った作品でもあるから、私のように登山を趣味としない者でも感動するのだろう。
待っていても誰かがそれを与えてくれるわけではないのです。欲しいものがあれば自らの手でそれを掴み取るしかないのです
これはナラダール・ラゼンドラの台詞だが、本書に出てくる登場人物に共通している思想だろう。自分が動かなければ、何も得られないのだ。当然のことながら、山の頂上が見たければ自分で登るしかない。
あと何年か何十年かわからないが生きてゆかねばならない。死ぬまでのその時間を何かで埋めなければならない。どうせその時間を埋めるなら、踏めないかもしれない頂に向かって踏みだしゆくこと、そのようなもので埋めるのが自分のやりかただろう
これは深町誠の台詞。実際には、深町はこの台詞のとおりには覚悟を決め切っておらず、何度も何度も逃げ出そうとしては踏みとどまることになる。読者は、そうした深町と一緒に本書を進めるからこそ、最後の登頂シーンに大いなる感動を抱くのだろう。
生きた時間が長いか短いか、それはだたの結果だ。そういう結果のために山に行くんじゃない!不幸か幸福かだったなどもただの結果だ!そういう結果を求めて山に登っているんじゃない!
これは羽生丈二の台詞であり、本書の最も根幹を流れる思想だ。結果ではなく、過程にこそ意味がある。だから(ヘリコプターで頂上に行くのではなく、)山に登るのだ。山に答は落ちておらず、頂を踏んだところで人生の問題は解決しない。それでも、頂に向かう、その過程にこそ人生を費やすのだ。
死はいつもその途上でその人に訪れるのです。その人が死んだ時、いったい何の途上であったのか。たぶんそのことが重要なのだと思います。
最後はN.E.オデルの台詞。最後に死が待っているのではなく、何かの途中で突然に死は訪れる。だから、大切なのは、今自分が何をしているのか、何に向かっているのかということだ。
改めて、素晴らしい作品だと思う。エベレストとは言わないが、私も山に登りたくなってしまった。