雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

すらすら読める徒然草

 

 

中野幸次著。いつか兼好法師の「徒然草」を読もうと以前から思っていた*1が、原書を読めるほどの力もなく、どうしようかと考えていたところに本書を発見。読みやすい現代語訳と著者の解説(徒然草に対する著者の強い思いが伝わってくる)のおかげで、確かに徒然草が「すらすら読める」。

 

700年も昔の本だが、読んでみると意外なほど読みやすい。古文の文法知識などとうに忘れてしまっているが、それでもなんとか読める。訳文と照らし合わせながら繰り返し読んでいると、なんとなく原文で読めるようになる。兼好さん、なにしろ文章が上手いので、原文で読む方が面白いのだ。

 

花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。(第137段)

昔から好きな文章。「にこたま」(渡辺ペコ)でも引用されていた。

 

 

人はただ、無常の身に迫りぬることを心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり。(第49段)

日暮れ、途遠し。吾が生すでに蹉蛇たり。(第112段)

所願を成じて後、暇ありて道に向はんとせば、所願尽くべからず。(第241段)

人の生の儚さと向き合い、「今を生きる」ことの大切さを説くのは、現代の啓発本を読まずとも、既に兼好法師が書いてくれていたのか。

 

 

ひとり燈のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。(第13段)

と書いて古典を読む意義を説いた兼好さんの文章を、700年後に私が読むのは不思議で、とても面白いことだと思う。間違いなく、今後も繰り返し読むことになるであろう書のひとつ。

*1:私が徒然草を読もうと思ったきっかけは、小林秀雄が「モオツァルト・無常という事」で「方丈記とは似ても似つかない」、「空前の批評家」、「文学史上の事件」とまで絶賛していて興味を持ったから。実際に読むまでに随分と時間がかかってしまったが・・・。