雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

「哲学実技」のすすめ

 
 やはり中島義道氏は面白い。哲学を扱う本でここまで読みやすく、面白いものもあるんだな。


 本書のテーマは、自らの「からだ」で考え、語るということ。それはつまり、今まで身につけてきた社会的なルールを一旦取り外してみる、ということ。それはつまり、常識や、世間的言動や、後悔しないという潔さや、仕方ないという諦めや、わかったつもりになるという、そうした思考停止状態から一旦抜け出てみて、エゴイストである自分を認めてみる、ということだ。例えば、「人を傷つけたくない」というエゴイズムを裏返したような奇形の鎧を脱いで、生きている以上はどうしても人を傷つけてしまう自分の責任を受け入れて、それでも何かを語ってみる、ということ。


 著作の中で展開する会話を見て印象深かったのは、対話というものの難しさを上手に描いている次の2点。ひとつは、「あんたみたいな恵まれた人には分からないんだよ」という立場主義、あるいは身分主義、あるいは経験主義の物言いは、実に差別的で、コミュニケーションを阻害するものなんだな、という点。もうひとつは、具体的な言葉を紡ぐのではない、感覚的かつ抽象的な印象批判が如何に凶暴で無敵か、ということ。上記ふたつの共通点は、反論が不可能であるという前提に乗っかっていることと言えよう。


 真理に基づいた思想や主義など存在しないし、矛盾から抜け出せないままに悩み続けることこそが人間らしく生きることである、ということをからだで理解するのは難しい。分かったつもりになっていても、時が経つとそんなことは忘れてしまい、世間的な言動の枠組みに収まってしまうのが我ながら悲しいところ。この本のオチを綺麗につけて、自らを笑い飛ばす著者のタフさと面白さを理解するのはなかなか骨が折れることだ。