雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

爆弾

 

 

 

呉勝浩著。読み応えのある本で、読後すぐ再読しだしたくらいにのめりこんた。本書は登場人物の輪郭が鮮明で、特に犯人であるスズキダゴサクの人格がはっきり描かれているのがとても良い。物語の良し悪しは悪役が決める。現在、同時並行で「九マイルは遠すぎる」(ハリイ・ケメルマン)を読んでおり、本書と比較して思ったことだが、いわゆる「安楽椅子探偵」モノはまるで「なぞなぞ」のようだ。さて、誰が犯人でしょうか?と、論理と情報を駆使して犯人を追い詰める物語として楽しむこともできるのだが、そこに「人間」が描かれていないと物足りないのだ*1。本書はミステリー小説でありながら、濃厚に、濃すぎるほどに人間が描かれていた。

 

人間は、善と悪の二元論では説明できない生き物で、何らかのきっかけでどちらにも転びうる。また、人は仲間を大事にするが、裏を返せば「仲間じゃない」人間は大事にされない。そうであるならば、誰からも仲間に入れてもらえなかった人間からすれば、どんな人間も大事にする必要はなく、いくら死のうが気にもならない。他人が自分を人間扱いしてくれるかどうか、大事なのはその一点なのだ。

 

本書は、スズキダゴサクの視点を通して、人間社会が共有する「仲間意識」の弱点を明確に描いた上で、人間は誰もそう大きくは変わらないこと、皆ほぼ同様に自分本位であることを読者につきつける。物語に登場する警察職員に限らず、多くの人が社会規範を守り、組織の命に忠実なのは事実であるが、そんな構造はそれほど確固たるものではなく、案外簡単に崩れてしまう。本書のタイトルを「爆弾」にしたのは、単に物語の犯人が爆弾を使ったからという理由だけではないのだろう。この物語そのものが社会に投げかけた爆弾なのだ、ということは、読めば容易に理解できる。傑作。

 

*1:もちろん、リンカーン・ライムシリーズは別である