雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

善き人のためのソナタ

善き人のためのソナタ スタンダード・エディション [DVD]

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 統一間近の東ドイツを描いた作品。国家のために盗聴する秘密警察の主人公と、盗聴される男女の間で起こる様々な出来事と、揺れ動く主人公の生き様を観る。細部にまでこだわって撮られた映像美といい、抑制しつつ雄弁に演じる役者といい、物語の最後の締め方といい、非常に見応えある良い映画だったと思う。


 この映画の主要なテーマは、主人公の美学であると感じた。国家は彼にとって忠誠を捧げるべき絶対のものであったが、一方で彼が人間である以上、その人格が国家の一兵士として固定されていた状況も、ある契機を堺に変わってしまうのだろう。信じるべき国家の上層部にいる人間が醜悪な行為をしていることを知ったとき、国家の精神に反する敵であるはずの相手が「単なる善良な人間」であることに気付いたとき、人の持つ愛情の力を見せ付けられたとき、一方で「正義」の側にいるはずの自分が何だかみじめな状況にあると気付いたとき、そして、魔法の音楽に触れたとき。


 何かに気付いてからの主人公の行動は、揺れ動いてはっきりしない。これまで強い信念を抱いて生きてきた男がそう簡単に変わるはずもないが、一方で「気付いてしまった」人はもう基に戻れない。習慣となった諜報員としての行動は消えないが、それこそが彼を苦しめる。結局彼は国家を裏切るが、大切なのは主人公は自らの美学を持っているということだ。主人公は、おそらく「善い」人になったのではない。自らの人生を信念を持って突き進んだだけなのだ。だから、彼は愚痴も言わず、卑下もせず、逃げもせずに全てに堪えた。そして、最後の台詞に行き着くわけだ。なんとなく、彼は最後に笑顔をみせたような気がした。かっこいい。誇りというものは、自らの行動によって裏付けられるときに初めて「本物」になるのだ。


 ・・・と、ここまで解釈してようやく自分を納得させることが出来た。心理描写がちょっと分かりにくかったかな?ということで、注文をつけるなら、主人公が変わり行くシーンをもう少し明確にした方が良かったのではないか、ということと、主人公が「善き人のためのソナタ」を聴くシーンはもう少し長くしてほしかったところ。まあ、ともかく良い映画でした。ちなみに、セバスチャン・コッホは「ブラック・ブック」でも良い演技だったな。どうも私は心情的に反ハリウッドになりがちなようだ。一方で「オーシャンズ13」が早く観たいのだけれども。