雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

インド旅行1:関西空港〜チャンギ空港(シンガポール)〜チェンナイ〜ママラープラム


 昨夜、帰宅してからようやく本格的な準備にとりかかり、結局寝たのは3時過ぎだった。金さえあればなんとかなるという気もしたが、色々と心配は尽きず、あれやこれやと詰め込む。寝坊だけが怖かったが、何とか起床し、特急はるかへ乗り込む。空港へ到着し、シンガポール航空の窓口へ「eチケット」という名の、単に航空便を印刷した紙をもってチェックイン。こんな紙切れ一枚で本当に発券してくれるのだろうかと不安だったが、無事チェックイン完了。ようやくインドへ行けることが確実になったんだな、と一安心。


 旅の荷物はリュックひとつにまとめていたので預けるつもりは無かったのだが、受付の係員さんから「手荷物は8kg以内という規定がございますので・・・」と言われ、慌ててカメラなど貴重品やガイドブックだけを取り出し、リュックは預けることになった。搭乗まで若干時間があったので、現地に着いてから慌てることの無いように円をルピーへ交換しておこうかと思ったのだが、どうやら国内では取り扱っていない模様。仕方ないので諦める。空港内の薬局で蚊取り線香を買ったり、偶然出会った友人と話をしているうちに時間は過ぎ、飛行機に乗っていよいよ出国。


 飛行機に乗ってふと我に戻り、考えた。なぜ、私はこれからインドに行くのか?一体何をしに行き、何を見て、何を食べ、何を買いに行くのか?・・・と、色々考えては見たのだが、明確な答があるわけでは無かった。ただ、どこか「遠く」へ行きたかったのだ。日常とは異なる風景や町並みを見て、言葉も文化も食べ物も違う生活に触れてみたかった。別にトルコでもチュニジアでもロシアでもキューバでも良かったのだけれど、なんとなく20代のうちにインドを見てみたいな、という気がしていただけであり、何か明確な理由があったわけではなかった。ただインドに関する著作をいくつか読んでいくうちに、日本とは大分違う国のようだということくらいは分かってきたし、それはとても面白そうに感じたのでインドに行くことに決めた、というその程度の理由だった。


 ということでインドに行くのだが、チェンナイ空港が出発点兼終着点であること以外は、まだほとんど何も決まっていない*1。とにかく南へ行こう、南に行けば何か変わった街に出会うだろう、という全くもってアバウトな計画(?)しか持っておらず、ホテルも滞在場所も何も決めていない。ということで、到着までの時間を利用して「lonely planet(以下LP)」を読み、寄ってみたい候補地をいくつか選んで予習することにした。


 乗り継ぎで利用したチャンギ空港は素晴らしいところだったのだけれど、省略。感想としては・・・、そりゃ成田や関空は負けるよ、というところ。


 さて、チェンナイ空港に到着した。現地時間で23:00。入国審査も無事に終え、まずは預けた荷物を受け取り、外に出てみる。・・・人と車がたくさんいる。びっくりするほどたくさんいる。もう深夜なのに。「おお、インド人がたくさんいる」などと意味の分からない感動に浸ってぼんやりしていたら、すぐにタクシーやらリキシャーの運転手がわらわらと寄って来て、街まで送ってやると取り囲まれる。・・・結構怖い。って、私はまだ「お金」を持っていないのだったと気付き、両替所を探す。空港係員に聞いたら、トーマスクックは出発ゲートにあるので、到着した人は到着ゲートの両替所を使うようにと言われた。レートも良くないし、不満だったが、疲れていたし、そんなものか、と従い両替する。


 これでようやく「お金」を手に入れた。お金があるということはとても心強く、冷静にさせてくれる。LPに「空港にはリタイアリングルームがある」とあったことを思い出す。考えてみれば、今日はもう遅いし、別に深夜に車に乗って街中に行かなくてもいいじゃないか、と思いなおし、空港のリタイアリングルームに向かう。ところが「今日はもう満員だ」とのつれない答が。


 またも宿無しに戻ってしまった。気がつくと時間は0:00*2。眠気と疲れもピークに達しつつある。仕方ない、タクシーに乗ってチェンナイの街に行って、エグモア駅近くの安宿に泊まろうと考え、タクシー乗り場へ行き、275RSを支払い、プリペイドチケットを購入する。大勢の運転手が客(私)の取り合いをした結果、若い兄さんが私の運転手に決まった。後部車両に乗り、「エグモアまで」と告げ、車を出してもらう。すると、何故か別の男が助手席に乗り込んできた。意味が分からなかったし、不安にも思ったが、どうも運転手の知り合いらしかったし、これはインドでは普通のことなのかもしれないと思い*3、黙っていた。すると、二人が色々聞いてくる。名前はなんだ、どこから来た、今日のホテルはどこだ、俺の知っている安いホテルに行かないか、インドは初めてか、明日はどこへ行くのか、などなど*4。嘘も交えて*5答えていたら、私が明日はママラープラムへ行くと言った途端に「どうせ今日のホテルも決まっていないのだし、もうチェンナイ市街に行かず、このままママラープラムまで行こう」と言い出した。


 それほど遠くはないようで、大体1時間半ほどで着くようだ。私も別にチェンナイ市内に用があるわけでもなかったので、それでも構わなかったのだが、どうにも彼らが私をカモにしようとしているのではないか、という疑惑が捨てられなかった。値段を聞くと「650RS」と言う。「高い。こちらはすでに275RS支払ったろう」と不満を告げたが、彼らが言うには「チェンナイだと1000RSくらいのホテルしか無いし、どうせ移動するのなら一気にまとめたほうが安上がりじゃないか。ノープロブレムだ。もちろんこのままチェンナイ市内へ向かっても構わないけどね」と言う。おお、これがインド名物の「ノープロブレム」か、などとどうでも良いところで感じ入ってしまう。その後も色々話をしようとはしたが、彼らの英語は何を言っているのかほとんど分からないし、私も交渉というものが実に下手で、しかも疲れと眠気が吐きそうになるほどこみ上げてきていた。時間は深夜0時30分。車から見る景色は、真っ暗の闇かスラムのようなところで、もう今自分がどこにいるのか、どこに向っているのかすら分からない。大体、ママラープラムへ行ったところでホテルを予約しているわけでも無く、夜中にフロントは対応してくれるのだろうか。・・・大体何で助手席に別の人間が座っているんだ、などと今頃になってそのことへの不快感が起きてくる始末。とにかく今は自分の身を守ることだけが大事だ、と考え出すと逆に不安は募る一方で、「分かった。とにかくママラープラムへ行ってくれ。値段は650RSだな」と何度も大声で聞き直し、交渉が成立したことを確認して、後は黙って外の景色を眺めることにした。


 非常に眠いのだが、ここで寝るのは危険すぎるだろう。すると、運転手が「音楽は好きか」と聞いてくる。質問の意図は良く分からなかったが、好きだと答えると、ラジオをつけてくれた。英語とそのほかの言葉が混ざって聞こえてくる。番組は最新のヒットチャートのようだった。うるさいくらいが丁度いい。窓を開け、大音量のラジオを流して、3人乗りのタクシーが走る。多分、ママラープラムへ向って。


 しばらくして、タクシーの速度が緩やかになる。街へ着いたのか、と聞くと、「ここがママラープラムだ。」と言う。本当か嘘かは知らないが、彼がそういうのだから多分そうなのだろう。「どこか安いホテルへ着けてくれ」と頼むと、真っ暗で灯ひとつない建物の前まで行ってくれた。運転手が建物の中に入り、しばらくすると3人ほどぞろぞろと出てきた。今から泊まれるか、と尋ねると首を横に振って「ノープロブレム」との答。確かこの国では首を横に振るのが肯定の返事だと何かの本に書いてあったなと思い出し、その場で今日のホテルをここに決める。タクシーの運転手(と助手席の謎の男)に約束どおり650RSを支払い、握手をして別れる。ママラープラムにも着けたし、ホテルも見つけたし、身ぐるみはがされることもなかった。どうやら私が疑心暗鬼になり、ひとりで不安を盛り上げていただけのようだ。少し恥ずかしい。それでもやはり運賃はぼったくられている気がするのだけれども。


 部屋を案内してもらうと、海が見える部屋を指定される。シャワーもトイレも付いて値段は300RSとのこと。安い。チェックインして、荷物を棚に置き、鍵を閉め、気絶するようにベッドに倒れこむ。就寝2:30。

*1:実は旅行の計画段階ではデリーからアグラへ行ってバラナシへ行こうか(多分、一番ポピュラーなコース)と思っていたのだけれど、移動が大変そうだったことと、あまり日本人が行かないような、よく分からないところに行ってみたくなったので、チェンナイから南下する経路を選んだのだった。

*2:時差は3時間30分なので、日本時間なら3:30だ。

*3:というか、もうそんなことどうでもいいほどに疲れていたのだ。

*4:ただ彼らの言葉は非常に聞き取りにくく、何度も聞きなおしたが。この旅を通じて悩まされることになる、インド人の英語との出会いであった。

*5:例えば、「インドへ来るのはこれが3度目だ」など。護身用。