雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

HELP EVER HURT NEVER(藤井 風)

 

HELP EVER HURT NEVER(初回盤)(2CD)

HELP EVER HURT NEVER(初回盤)(2CD)

  • アーティスト:藤井 風
  • 発売日: 2020/05/20
  • メディア: CD
 

 

藤井 風。いや、すごい。令和時代の日本に現れた衝撃のデビュー作*1。この歳になっても音楽に衝撃を受けることができたことが、素直にうれしい。本作で特に良かったのは「帰ろう」で、声、メロディ、歌詞共に素晴らしく、何度聞いても聞き飽きない。

 

 

www.youtube.com

 


Be Alright - Ariana Grande (cover)

 


接吻 (ORIGINAL LOVE)

 

*1:平成時代に宇多田ヒカルを聞いて驚いたことを思い出した。

週末

土曜日。梅雨なので仕方ないが、今日も雨。長男の希望により、久々にゴルフ練習場へ出かける。4月から禁煙になったようで、大変うれしい。1時間半、交代で降り続けると結構汗をかく。相変わらずボールが右にスライスしてばかりだが、まあ、打ち続けるのは案外楽しい。午後は図書館へ。梅雨と読書は相性がよい。

 

日曜日。天気予報を覆し、久々の晴れ。長男とふたりで市民プールに出かける。天気予報で雨とされていたためか、それともコロナウイルスのせいか、客がほとんどいなかった。長男は学校の友人を見つけて、独占状態のプールで楽しそうに遊んでいた。

 

子どもが寝た後は、ひたすらスプラトゥーン2をやり続ける。ガチヤグラはN-ZAP85か89を、ガチエリアはN-ZAP83か89を選び、延々と戦い続けるがなかなか勝てない。エイム力が無さすぎるのと、弱いくせに敵に突っ込んでしまう猪癖が理由と分かっているのだが・・・。

定年オヤジ改造計画

 

定年オヤジ改造計画

定年オヤジ改造計画

 

 

垣谷 美雨著。仕事と家事育児について、男女について、そして家族のあり方についての小説。

 

著者の主張を展開するためというか、「こうあってほしい」という結論ありきで物語を作ってしまっているので*1、主人公の設定がガチガチに古い男女観の持ち主となるのはある程度仕方がないと理解しつつも、あまりにもステレオタイプで非現実的だったかな。というかこの主人公、サイコパスなレベルに達していて少し怖いくらいだ。うつ症状の妻に対して、「身体は特に悪くないということは、なまけ病ということだよな」と本人に面と向かって言ってしまう(しかも淡々として)。これは怖い。こんなサイコパスと何十年間も一緒に暮らせるものだろうか。それとも、一般的に女性(妻)は男性(夫)をこのような存在と捉えている、ということか?

 

それはさておき、要は「自分のことを殿様のように「誰かが自分の世話をすることは当然」と認識して、自分の価値観に疑義を抱くこともなく絶対視しているので、周囲を見下している。」のがこの主人公なわけだ。もちろん、そんな人が他人とうまく付き合えるはずがないので、色々と支障が生じて変わらざるを得なくなり、過去への後悔を重ねつつも様々なことに気づき、少しずつ人間関係を取り戻していく。

 

確かに、そうした男性は少なくないかもしれない。日本において、仕事が家庭より重きを置かれてきたことの弊害なのだろうとも思う。どうして、仕事か家庭の二者択一なのだろう?定年後は第二の人生と言われることが多いが、「第二の人生」と言うからには、単に仕事を辞めるだけではなく、自分自身(居場所、人間関係、役割、考え方)を作り変えることが必要なのだと思う。

 

*1:だから、登場人物の会話がやたら説明口調で、予定調和的で、まるで研修テキストのようだった。 

新型コロナウイルスを振り返って(中間評価的個人メモ)

新型コロナウイルス感染症は、世界ではまだ爆発的に広がっている状況で*1、日本でも首都圏を中心に収まる気配が見られない状況ではあるが、自分の周囲だけを見ると一定の落ち着きが見られる状況なので(皆マスクこそしているものの、以前と同じように出歩き、働き、生活している。)、一度ここまでの過程を振り返って記録してみたい。

 

当初は中国の一部で騒ぎになっているな、くらいの認識だったが、春節で世界中に拡散されると報道に不安を感じ、クルーズ船(ダイヤモンド・プリンセス号)の船内感染事件により身近な事件と認識を改め、日々国内で増え続ける患者、自分の暮らす地域での陽性患者発生、志村けんの死、日本全国を対象とした緊急事態宣言、世界レベルのパンデミックと、不安と恐怖が日に日に大きくなる状況だった。

 

いつか自分も、家族も感染するのではないか、そして感染した場合は最悪死ぬこともあるわけで、先の見通せない恐怖を抱いて送る日常は大変憂鬱なものだった。そんな中でも自分にできることは何だろう、と考え、せめて家族が少しでも楽しく暮らせるように、料理をしたり、ゲームをしたり、一緒に勉強したり、くだらないおしゃべりをしたり、在宅勤務をしたり、皿回しを練習してみたり、とにかく一生懸命に「時間を進めていた」。外出もままならないせいで、一日がやたらと長かった。魔の山だ。

 

次第に、何故か様々な状況が少しずつ改善していき、「誰も答を見つけられなかったのに問題そのものが消えてしまった」みたいな感じで、日常生活が元に戻りだした。半ば安心し、半ば不安を消し去れずに、私は毎日を過ごしている。ふと、あの辛い期間は一体何だったのだろうかと、その意味を探してしまう。国から10万円(とマスク)が支給されたが、これはあの苦しい日々を耐えたことへの対価なのだろうか、とゆがんだ解釈をしてしまう*2

 

新型コロナウイルスが特に猛威をふるった3月から5月の3か月間にかけて、いくつか気づいた点、思ったことなどをメモしておく。

 

1点目。人間も社会もそう簡単には変わらない、ということ。コロナで世界は崩壊する、コロナによって何もかもが変わる、コロナ後の社会は全く新しい次元で展開する、などという言説は正しくなかった。もちろん、コロナによって多くのことが変わっただだろう。しかし、変わったことよりも、変わらなかったことの方が多かった。大きな事件があると、その前後で世界が変わるような錯覚に陥るけれど、「何もかもが一度に変わる」ことなどありえない。最近の例で言うなら、リーマンショックで世界が変わらなかったように。日本だって、第二次世界大戦の敗戦という究極の転換点を経ても、全体主義同調圧力、また年功序列に男尊女卑に根性主義など、変わらなかったことは山ほどある。もっとも、各個人における「世界観」が大きく変わることは十分にあり得るだろうが。

 

また、苦しい状況に陥ると、破れかぶれになって、全てがどうでもよくなり、「世界が崩壊すればよいのに」などと考えることがある。自分の状況が改善する見込みはないので、どうせなら世界も道連れにして、何もかもが終わってしまえばよい、という発想は理解できる。私は「コロナ!!!まだ行かないでくれ!!!!(追記」を読んで、さほど違和感はもたなかった。ただ、残念ながらコロナで世界はさほど変わらない。むしろ、「CNN.co.jp : 米富裕層の資産、コロナ禍の3カ月で62兆円増える」にあるように、強者はさらに強くなる(弱者はさらに苦しい状況に追い込まれる)ようだ。

 

2点目。「絆」や「感謝」、「助け合い」といった美徳の素晴らしさが社会で強調された一方で、もっとどろどろとした、棘のある「人間らしい」本音を耳にする機会が多かった。家にこもって鬱憤が溜まっていたからなのか、それとも誰かを攻撃せずにはいられないのが人間の性ということなのか。コロナ陽性患者を個人特定して攻撃する人、店舗が営業しているとクレームをする人、子どもが公園で遊んでいる様子をみて苦情を言う人・・・、社会正義の名の下に他者を過剰に攻撃する「自粛警察」という言葉を報道でよく見かけたが、人間は中世の「魔女狩り」の時代からたいして変わっていないようだ。

弱い者たちが夕暮れ さらに弱いものを叩く

その音が響きわたれば ブルースは加速していく

THE BLUE HEARTS 「TRAIN-TRAIN」)

 

3点目。仕事に対するモチベーションがさらに低下した。「業務効率が落ちても良いからとにかく職場に来ないこと」を推進するためのテレワークを体験して、自分の仕事が果たしている役割の小ささが実感できた。メンバーシップ制をとる日本型雇用形態において、テレワークはその「洗脳」を解くまたとない機会だったのではなかろうか。テレワークが続くと、帰属意識がぐっと低減するので、「何故自分はこの会社で働くのだろう」と、つい考えてしまう。

 

また、仕事に対する熱意も冷めた(元々低かったが)。今は月曜から金曜まで出勤して仕事しているが、週休5日くらいにならないかな、と真顔で思ってしまう。月曜日の朝は、「あまり学校行きたくないなあ」と浮かぬ顔をしながらも頑張って登校する長男の背中を見てエネルギーをもらい、子どもが頑張っているからお父さんも頑張るか、としぶしぶ出勤している。子の背中を見て親が学ぶというのは、全く情けない状況で。まあ、生活のためには働かないとね。

 

サラリーマンである以上は皆そうなのだろうが、自分のしている仕事というのは、結局のところ組織の役割を果たしているだけであって、どうしても「自分の仕事」という感覚は持てない。「誰かの仕事」を、今は自分がそのポストで従事しているに過ぎない。まあ、そういう契約を会社と交わして社員になったのだから、当たり前の話ではある。しかし、コロナのために家に籠って長時間過ごしていると、疑似定年退職気分とでもいうものを体験することとなり、職場だけが自分の居場所ではないよな、ということに気づき、同時に仕事以外の居場所を他に作る必要性を痛感した。それは転職や副業という意味では必ずしもなく、むしろライフワークとでもいうべきものかもしれない。自分の居場所は自分で作る。

 

他にも、都市で暮らすということの意味や、子どもを育てるということなど、色々思うところはあるけれど、きりがないのでこの辺で。そもそも、まだ何も終わっていない状況下にあって、コロナの総括めいたことを書くのは気が早いかもしれないが・・・。最後に、印象に残った記事を2点。

dot.asahi.com

dot.asahi.com

 

 

 

*1:6月21日現在で約855万人が感染し、約46万人が亡くなっている。

*2:ちなみに、10万円は肉や果物や酒など地場産品の購入に充て、残りは給料減に備えて貯金し、アベノマスクは店に寄付してドリンクを無料にしてもらった。

鴻上尚史のほがらか人生相談

 

 

鴻上尚志著。この人生相談は、はてブで話題になっていたことで知ったので、中にはネットで読んだ相談もあったけれど、通して読んでみるとやはり著者の人生体験に根差した知恵が散りばめられていて、心地よい読後感。続編も出ているようなので、また読んでみたい。

コロナウイルスと週末

陽性患者数が増える東京は別として、周辺ではすっかり「コロナ後」の展開が見られる。仕事はすっかり通常営業、学校も再開して電車は混雑してきたし、飲食店も通常営業の店が増えてきた(ただし株価が上昇傾向にあるのは、正直謎だ。)。蒸し暑い中マスクを外せない状況は大変つらいが、自分や家族がコロナウイルスに感染して死んでしまうのでは、という恐怖感は大分薄れてきた。このまま鎮静化に成功すれば良いのだが、これから第二波が来るかもしれないとも思う。

スプラトゥーン2が面白すぎて寝不足

note.com

 

素敵な文章だった。一月前にスプラトゥーン2を始めたばかりの私にとって、ウデマエXは完全に「神の領域」であり、目指す気すら起こらないレベルだ。さておき、これは本当に面白いゲームだ。下手くそでキルされてばかりだが、それでも楽しめる。ソフト購入後、しばらくは一人用のヒーローモードで練習していたが、nintendo onlineを契約し、回線切れを防止すべく無線lan中継器を設置して本格的に遊び始めたら止まらない。止めよう、もう寝ようと思っても、「もう一戦」と始めてしまう。

 

「インクの塗り合い」という試合コンセプトが面白いし、イカとタコを中心に置いたかわいくポップな世界観は独創的で、イラスト、音楽どれをとっても「スプラトゥーンならでは」のものに囲まれて心地よい。そうして、子どもが寝た後、夜な夜な今日もゲームに熱中してしまうのであった。

 

realsound.jp