雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

食う寝る坐る永平寺修行記

食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)

食う寝る坐る永平寺修行記 (新潮文庫)


 野々村馨著。世界各地を旅した後、社会人を経て、永平寺にて修行をした著者の一年間の記録である。寺で修行をするのは、必ずしも僧侶だけではなく、(著者がそうであったかどうかは別にして)自分探しという目的でもあるのかもしれない。もっとも、そのような目的だけでは、永平寺の修行は一日も続かないだろう。飢えに耐え、延々と座り、先輩からは怒鳴られ殴られと、ある意味で囚人や奴隷よりも酷い環境なのだから。壮絶の一言である。


 しかしこの著者がすごいのは、どのような状況下にあってもそれを受け止め、学び続けてきたことだ。著者は言う、殴られ蹴られ、生活の全てが型にはめられ、あらゆる自由が奪われていくうちに、自分を飾っていたものが剥がれ落ちて、本来の自分が現れる、と。座禅についても、目的でも手段でもなく、ただひたすらに只管打座をすることでのみ掴める何かがある、と。永平寺という特殊な空間にあって、人生の全てを修行とすることで初めて見えるものがある、ということなのかもしれない。著者が寺を去る時に流した涙には、類似の経験していない者には決して持ちえない熱い情けが詰まっていたのだろう。もうそれこそ必死に、懸命に何かを求めようとする著者の姿に、私は感動した。


 もちろん、人間はそう簡単にクリーンな存在に洗われるものではないし、永平寺にあってすら浅ましい欲に突き動かされるのもまた人間なのであり、さらに、永平寺を出て俗界に戻ってしまえば修行中の心の在り様とは異なる魂を抱くことになるだろう。それでも、聖域としての永平寺の断固たる厳しさには畏敬の念を抱く。私のような者では修行など務まらないだろうし。