雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

ワイルド・スワン(上・中・下)

 

ワイルド・スワン(上) (講談社文庫)

ワイルド・スワン(上) (講談社文庫)

 

 

ユン・チアン著。著者と、両親と祖父母の三世代の人生を通して、20世紀中国を描いた壮大な自伝的物語。人生というものがいかに国や社会、文化や風習によって翻弄されるかを、嫌というほど思い知らされる。また、共産党が一党支配する中国の、海外からは見ることのできない姿、特に文化大革命のもたらした悲惨な影響がよく分かった。

 

とにかく壮大な物語で、最初は著者の祖母の纏足からはじまり、最後は著者が英国に留学するところで終わる。読み終わった際の感想は、感動というより、ただただ圧倒され、「これはすごい本を読んだ」と深く思った。

 

私が特に印象に残ったのは、著者の父親・張守愚の生き様である。幼少期に苦労をし、共産党に理想を抱いて人生をかけて革命を成し遂げ、その後も奢ることなく私腹を肥やすこともなく、党に忠誠を示す。しかし「皇帝」として君臨する毛沢東に裏切られ、家族と別れて牢獄暮らし(その後精神病棟と労働収容所)、拷問と強制労働と、苦闘の日々を強いられるも、あくまで自らの魂を守り抜き、光を見ることなく死んでいく。自らの思想への誠実さと、何物にも屈しない心の強さに、同じ人間として感動するとともに、特に失敗や不正をしたわけでもないのに不幸な坂道を転落するしか許されなかった不条理さ、国家や組織という枠組みを前にした一個人の弱さに愕然とする。

 

何が人間にとっての幸せなのか、という問いに対する答えは無数にあるだろう。富を蓄えることか、出世することか、信念に生きることか、家族と楽しく暮らすことか。どれも正解だと思うのだが、本書では、これら全てが一瞬にして奪われる様子が繰り返し描かれる。幸せは、とても儚い。平家物語でいうところの、ひとえに風の前の塵に同じ、だ。