雑記帳

関西在住の中年男性による日々の雑記です。

アドラー心理学を語る(1)~(4)

 

性格は変えられる (アドラー心理学を語る1)

性格は変えられる (アドラー心理学を語る1)

 

 

グループと瞑想 (アドラー心理学を語る2)

グループと瞑想 (アドラー心理学を語る2)

 

 

劣等感と人間関係 (アドラー心理学を語る3)

劣等感と人間関係 (アドラー心理学を語る3)

 

  

勇気づけの方法 (アドラー心理学を語る4)

勇気づけの方法 (アドラー心理学を語る4)

 

 

 野田俊作著。「アドラー心理学」というが、心理学というよりはひとつの哲学と捉えた方が理解しやすい。アドラーさんの考え方によるとこういう見方、生き方もできるね、という風に読むべきではないか。そういう意味で、アドラー心理学を受け入れられるかどうかは、人によると思う。私の場合は、腑に落ちることが多く、かなりしっくりきた。

 

 人間を、モノ扱いせずに人間として接すること。これは「箱」シリーズにおいて最も重要な考え方だったと思うが、本書でも同様の話は繰り返し登場する。縦の人間関係をやめて、横の人間関係に入ること。怒りをもって支配するのではなく、また評価者として褒めるのでもなく、対等な立場で接すること。パターナリズムに陥って(過保護になって)spoilするのではなく、その人自身に責任を負わせること。自身について、「理想像と比較してダメな自分」とみるのではなく、長所も短所も含めて今の自分をありのまま受け入れること。これらは皆、人間というものをどのように認識するか、という点で、大体同じ価値観が根底にあると思う。

 

 人は、目的をもって感情を作ることができる。感情に支配されることもあるが、抗うことも可能である。「自分ではどうすることもできない」と簡単に言うことは、許されないのかもしれない。目的論に立った心理学、というのは、面白い視点だと思う。

 

 人間の心は、機械のように、因果関係だけでは説明できない。仮に過去に何らかの原因が存在したとしても、現在の自分は、自分自身が作り上げたものだ。自分の意志で(意志「だけ」で、とは言えないが)選び取ったものだ。そういう意味で、人は変わりうるし、未来は変えられるし、誰しも幸福になり得る。それは、自己責任論に繋がるので、厳しい見方でもあるのだが。