- 作者: 安部公房
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/03
- メディア: 文庫
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安部公房著。昭和37年発行。大変に面白かった。不条理な場の設定によって、いかに日常生活が脆いものかを浮かび上がらせてくれる。厚く高くそびえる砂の壁が、お金も、権利も、肩書も、世間体も、すべては単なる約束事に過ぎないことを、圧倒的暴力性で教えてくれる。
もうひとつの主題は、青い鳥を追いかけたところで、桃源郷があるわけではないということ。どこへ行っても、どこで暮らしても、大差はないのだ。ただし、それは、「ここではないどこか」を期待しても無駄だという意味でも捉えてもよいし、「どこへ行っても、まあ何とかなる」という意味でポジティブに捉えることもできるのかもしれない。
おそらく、主人公はこのまま砂の中で暮らしたのだろうが、一方で、水の蓄えができること*1を危険視されて、集落の者に殺害されたのかもしれないという可能性も感じた。そんなことを思いながらめくった最終ページは失踪審判の書面。いや、おそろしい。
欠けて困るものなど、何一つありはしない。幻の煉瓦を隙間だらけにつみあげた、幻の塔だ。もっとも、欠けて困るようなものばかりだったら、現実は、うっかり手もふれられない、あぶなっかしいガラス細工になってしまう…要するに、日常とは、そんなものなのだ…だから、誰もが無意味を承知で、わが家にコンパスの中心をすえるのである。
*1:武器を奪わったはずの弱者が再び武器を持つことは、一般に恐怖を与えるものだ。